9月30日(水)に行われたアナグラム株式会社創業者・阿部圭司さんの講演「学校では教えてくれない世の中の事」のレポート記事です。「自由に生きるとはどういうことか」という切り口から、幸福度の決まり方や勉強する意義、これからの学生生活で実践するアクションについて考えました。
講演の概要
2026年9月30日(水)、アナグラム株式会社の創業者である阿部圭司さんをお招きし、「学校では教えてくれない世の中の事」と題した特別講演が開催されました。
これから本格的に社会へと踏み出していく私たち学生に向けて、仕事や学びの本質、自分らしいキャリアの築き方など、日頃の大学講義ではなかなか触れられないリアルな知見を数多く共有していただきました。本レポートでは、講演の中で提示された切り口の中から「 自由に生きるとはどういうことか」に焦点を当て、私の考察とこれからの行動指針をまとめます。
印象に残った3つの話
① 自分で決めることが幸福につながる
最も心に響いたのは、「所得や学歴よりも、自己決定が個人の幸福度を大きく高める」という点です。
これまで私は、偏差値の高い学校に進み、安定した高収入の企業に就職することこそが幸せへの最短ルートだと無意識に思い込んでいました。しかし阿部さんのお話を伺い、どんな境遇にあっても「自分の人生を自分の意志で選択している実感」こそが幸福の土台なのだと深く納得しました。自分で下した決断であれば、仮に途中で挫折や失敗を経験したとしても後悔せずに納得できますし、糧にして再び立ち上がる原動力が生まれるはずです。
② 周りの意見を鵜呑みにせず、最後は自分で選ぶ
二つ目は、「親や年長者のアドバイスは話半分で受け止めるのがちょうど良い」という考え方です。
親や周囲の大人は善意からアドバイスをくれますが、彼らが育ってきた時代と現在の社会・産業構造は大きく異なります。変化の激しい現代において、かつての成功体験をそのまま鵜呑みにするのは危険です。周囲の言葉を一つの参考情報として客観的に捉えつつも、最終的な意思決定の責任は自分自身で引き受ける覚悟が求められるのだと痛感しました。
③ SNSで他人と比べすぎず、自分の軸を持つ
三つ目は、SNSの普及によって他者のきらびやかな生活や成功が可視化され、多くの人が慢性的・無意識的な満たされなさを抱えているという指摘です。
SNSのタイムラインに流れてくる他人の姿と自分の現状を比較してしまうと、焦りや劣等感が生じやすくなります。しかし、他人の基準で幸福を測るのではなく、「自分は何に熱中したいのか」「どんな暮らしを心地よいと感じるのか」という内省的な問いを持ち続けることが大切だと気づかされました。
「自由に生きる」ことへの考察
今回の講演を通じて、「自由に生きるとはどういうことか」を改めて深く考えさせられました。そのヒントとなったのが、阿部さんの次の言葉です。
勉強をする理由は、自由になるためです。
ここで語られている「自由」とは、単に何もしない怠惰な状態ではなく、「自分が生きたいように生きられる選択肢を持つこと」を意味しています。
私はこの考えに強く賛同します。自分の好きなことを生業にしたり、納得のいく進路を自ら切り拓いたりするためには、土台となる知識や専門性、問題解決能力が欠かせません。真の自由を手に入れるためには、相応の学びと努力を積み重ねるプロセスが不可欠なのだと理解しました。
一方で、阿部さんが話されていた「社会に出た方が学生時代よりもずっと楽しい」という主張については、少し疑問が残りました。社会人には経済的自立や裁量の広さといった魅力がある一方、重い責任や人間関係の制約、労働環境の厳しさに直面する場面も少なくありません。誰もが無条件に「社会人の方が楽しい」と感じられるわけではなく、置かれた環境や個人の価値観によって大きく左右されるのではないかと思います。
明日から自分がやること
今回の学びを踏まえ、明日から私が実践する行動は「今熱中している活動を継続しながら、毎日の読書習慣を定着させること」です。
講演の中で阿部さんが仰っていた「今やっていることに意味を求めすぎるな」という言葉も非常に印象的でした。一見すると将来に直接結びつかないように思える活動であっても、熱量を持って没頭した経験は、将来思いがけない形で点と点が繋がるはずです。周囲の評価や世間体に左右されず、自分の好奇心や「好き」という直感を信じて主体的に選択できる人になれるよう、まずは日々の一冊・日々の学びにじっくりと向き合っていきます。
コメントを残す